自分を表現する装い 装い 3-4

次に紹介するのはお年寄りに関するものではありませんが,「装い」の重要性を示す好例だと思います。
平成9年8月に愛知県にある田原町立の福祉専門学校が主催する、一番ケ瀬先生(本書監修者)の講演にゲストとして行ったときのことです。
参加者は福祉学を勉強している学生,福祉に携わるワーカーさんたちでした。
障害者,高齢者の介護について私が講演をして.一番ケ瀬先生がそれを学問的に解説をするというスタイルで臨みました。



参加考の学生さんの中から3人の方にモデルになっていただきました。
その中のお一人は56歳で,小学校の教頭まで務めた女性です。この女性の髪型はショートカット。と言っても、とにかく手がかからない,すぐ伸びないという理由でそうしているという色気のない刈り上げのようなショートです。普段はジャージを履き,化粧気もなく,色黒というよりも日焼けしたままの方です。
二人目は.38歳の看護婦さん。この方は,色が白くて顔立ちもかわいい方ですが,見るからに頑固そうな顔つきをなさっていました。三人目は45歳の主婦の方です。
この三人の女性に以下の服装をしてもらい,装いによってどのように変化したかを,その人の特徴を踏まえ解説しました。
事前の了解を得てはいましたが,三人の欠点を表面化させ傷つけてしまうような,歯に衣消せぬ解説となりました。こうしないと説明がきかず暖味になってしまうからです。



一人目の方には,何年前からか流行っているプリーツのジャンパースカート風のワンピースを着ていただきました。そしてその下には柔らかいベージュピンクのプリーツのパンツ,ジャンパースカートの下には渋めのはな紺のオフタートルの半袖というコーディネートです。
そして前の日から肌の手入れをして,眉を整え,この日の気持ちの準備のために演出をしてみました。
単なる女のスポーツ刈りのようなショートカットもツヤを出し,毛の流れに表怖を出すと,やせ型で身長が165cmぐらいある方ですから,とてもかっこよくなりました。

この方は,すでに申し上げた通り,身長165cmでやせ型,色黒,それで骨格がしっかりして,髪はショートカット。
そしていつもジャージを着ています。となると持っている要素はすべて男っぽい。すると顔つきも自然とそうなってきます。
そして管理職という立場上,恐らくいつも険しい顔をされているのでしょう。しかし,本人は気がついていない。
というのも自分で自分の顔を見ていないからです。
鏡を見るときはいい顔をするものですから,それが本当の自分だと思っています。でも,いつも怖そうな顔を見ている周りの人や夫はどんな気持ちだろうか?このようなきつい分析をしました。
そして「このように装うと優しい気持ちになれませんか?」と問いかけました。すると彼女は「とてもきついことを言われたけど,本当に私はそうだった。こんなに綺麗にしてもらったことはないし,まずしようと思ったこともない。私は教育者で,している仕事に誇りを持っているので,着飾る必要はない。おしゃれをすることに罪悪感を感じていたのです。今回それに気が付かされた」というようなことを言って,皆さんの前で涙を流しました。
職業的に女性で教頭や校長になってくると.その責任感から自分のおしゃれ心を無意識に抑えてしまっているのではないでしょうか。



次は看護婦さんです。彼女は顔がかわいくて色の白い方です。
彼女にはちょっと色の柔らかいクリーム系のワンピースを着ていただきました。
小花模様のプリントがあり,フリルがついていたりして,遊び気のある,理屈っぽくないデザインのものです。それに合わせ,顔だちも活かしたヘアとメークにし,とってもかわいく柔らかい雰囲気に変わりました。

彼女は医療に携わっていますので、ある意味では一人月の方と同じです。
看護婦という立派な仕事をしているから化粧なんかできない,白衣の天使がそんなことをしていたらすごく変に見える,というような考えの方でした。
実際には医療の場でも少しお化粧した方が,患者さんも安らぐということもありますし,病気の人たちと付き合っているということは,日々の生活では少しそれを逆転するぐらいのものを装ったり,お化粧しないと.ストレスがたまってたりしてしまうものなのです。そこで今回,こういう形でおしゃれをして,ステージに上がっていただいたわけですが,すると彼女も気分が変わったようで.心の底から微笑みながら「ありがとう」と言っていただけました。



最後の主婦の方は身長は155cmくらいのちょっと小太りの女性です。
彼女には大振り袖の着物を着ていただきました。その振り袖は代々受け継がれてきた,図案としても今の着物の技術ではなかなか出せないもので,素材もとてもいいものでした。
この女性は,この年齢でこんな振り袖を着れることを喜んでいましたので,それだけで10歳程若く見えました。普通なら40を過ぎると振り袖などは着ないというのが常識のように言われていますが,そういう常識を越え気分を変えていただくということと,この三人の差異を見せるために振り袖を着てもらったわけです。

主婦の方ですから,ある部分では家族の黒子に徹しながらも,「自分はこのままではいけないんじゃないか」という思いで参加した方ですから,普段着ない振り袖の着物を着れる,なおかつ綺麗にしてもらえ,そしてそれが単に美容院でへアメークをしてもらうとか,化粧品会社の人にメークをしてもらうというのではなく,トータルで自分の持っているものを引き出してもらえるということで大変喜んでいました。
だから,それだけでも大変美しく見えました。着飾った彼女はもちろん,見ている人たちも綺麗なものを見ればみんな嬉しいし,楽しい気分になる好例でした。

この三人に共通して言えるのは,今までになかった自分を発見したこと,そして装うことによって,気持ちがこんなに女らしく,かわいく優しくなれるということに気付いたということです。
私たちは年齢や職業,立場というものによって,装いを制限してしまいがちですが,そういうものに囚われず,あくまでその人の特徴を引き出すような装いをすることが望ましいのです。

出典:矢野実千代(2000) 『高齢者のコスメティックセラピー』一番ケ瀬康子監修,一橋出版


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