化粧の効果 化粧 1-5

実際の化粧の効果として、心理的効果が挙げられます。化粧をする前に比べ化粧後は気分が覚醒状態になり、不安が低減し、満足度が上昇します。
また、化粧することによって適度な緊張が生じ、人に見られるということで自分を意識することになります。そして気持ちの切り替えがしやすくなります。
これはとても大事なことだと私は思います。気持ちの切り替えは簡単そうで案外できないものなのですが、鏡に向かい自己意識が高まることによって可能になるのです。

別の効果として、自信回復、対人的積極性が挙げられます。これは美容の部分でもよく言われていることです。
人間は人と仲良くしたい、人に認められたいと思うものです。他社と共存しているわけですから、そう思うことはとても健康的でであるわけです。
お化粧をすることによって、高齢者は対人関係に積極的になります。

そして顔のマッサージ。全身の皮膚をマッサージすることで非常にリラックスして気持ちがよくなり、自尊心の維持や高揚という心理的効果が非常に高いと言われています。

痴呆症や鬱疾患の人たちの化粧自体が、それぞれの疾患を早急に直接的に改善するということではありませんが、化粧する行為によって自分に対する関心を高め、他の行動に積極性を生み出します。
化粧されるとき、自分だけに注目が向けられ、さらに化粧した自分の姿に周りの人たち(特に家族がよいのですが)が注目する。そうすると、そこに会話が生まれ、自分自身の内面で、一瞬でも社会性が生まれてくるのだと思います。

泉さんというかたがいらっしゃいます。彼女はいつも帽子をかぶっていて、おしゃれな方ですが、最近ご主人が面会にお見えにならないということで、不満をおっしゃっているときがありました。
「いつも綺麗だけれど、今日みたいにいつもより綺麗にしたときにご主人に見せたいですよね」と話しかけても、プライドの高い方ですから「そうね」とはおっしゃいません。しかし、やはり一番見せたいのはご主人なのです。
痴呆が原因で仕方ないとはいえ、まだ夫婦ともに健在なのに一人老人ホームに入れられたということで、捨てられたとか自分を避けてるとか、そういう被害妄想のような部分にとらわれたりすることがあるようです。
それでもいつも自分を美しくしているのは、ご主人を意識し待ち続けているからなのでしょう。その健気な姿に、ちょっと涙が出るときもありました。

そしてもう一人、榎本さんという独り言が癖の方がいらっしゃいました。お化粧したあとは本当に綺麗で、誰も見とれるような方です。
とても几帳面であるために、自分の着ている衣類の縫い目や袖口などの角をきちっといつも真っ直ぐ伸ばしたり畳んだりします。元気な時には非常に几帳面で、毎日決められたリズムで生活をしていた方なのでしょう。
まだ70歳ちょっとの若い方なので、顔にはそんなにシワもなく綺麗で、「ご主人に見せてあげたいね、榎本さん」と言うと、「うーん」などと答えてくれます。ほとんど会話は成り立たないのですが、一番ご主人に見せてあげたいと思う一人です。
子供でもなく、兄弟でもなく、恋人やご主人に見せたいという意識。それが女性にとって重要で「色気をいつまでも保つ=おしゃれをすること」の原点のように思います。

化粧をする前に私たちは、その人の顔をチェックするのが習慣になっています。お年寄りは人生の全てが顔に出ています。だいたい人間は幸せだったときよりも苦しかったことばかりを覚えてることが多いものですから、憎しみとか、我慢や忍耐といったものが、顔に刻まれています。
40代を過ぎるとそういったものが見えてきます。そうした時間を過ごしてきた方たちが「もう人生最後になって、化粧をしてもらえるなんて思ってもみなかった」と言って泣くこともありました。お化粧をしてもらえたときの気持ちの変化を、涙や笑顔といったもので見せてもらっています。
私たち自身も彼女たちの家族のような感覚がもてるようになり、あうんの呼吸と表現してもよいくらい、自然に入っていける状況になってきたという感慨があります。普通の社会と違うところだからこそ、学ぶべきものは多いと思います。


出典:矢野実千代(2000) 『高齢者のコスメティックセラピー』一番ケ瀬康子監修,一橋出版



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